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神戸地方裁判所 昭和55年(ワ)86号 判決

原告

松原令子こと河順令

被告

近畿食品工業株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して、原告に対し、金八八七万六〇四二円及び内金八〇七万六〇四二円に対する被告近畿食品工業株式会社については昭和五五年二月八日から、被告鈴木英明については同年三月一五日から、それぞれ支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを九分し、その五を原告の負担とし、その四を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告に対し、金二〇〇一万二七〇〇円及び内金一九〇一万二七〇〇円に対する訴状送達の日の翌日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

1  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五一年九月二一日、訴外田中久義運転のタクシー(神戸五五あ七二五五)に客として乗車したが、右タクシーが午後二時二〇分ごろ神戸市須磨区妙法寺字中田一一九番地先交差点にさしかかり、赤信号に従い停車した際、折から右タクシーに追従していた被告近畿食品工業株式会社所有で被告鈴木英明運転の普通貨物自動車(神戸一一す七六一八)が右タクシーに追突した。

2  原告は、右追突の衝撃により、外傷性頸部神経症、腰痛症、角膜知覚過敏症等の傷害を蒙つた。

3  被告らの責任

被告会社は、加害車両の保有者として自賠法三条に基づき、また被告鈴木は、前方不注視の過失により本件追突事故を起したものであるから民法七〇九条に基づき、それぞれ原告に生じた損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 治療関係費 金六一万二四一〇円

(1) 治療費(リハビリ・鍼灸等) 金一五万〇二六〇円

(2) 薬代 金四万二二八〇円

(3) コルセツト・眼鏡代 金四万二五〇〇円

(4) 附添看護費(日額二五〇〇円) 金九万五〇〇〇円

(5) 入院雑費(日額五〇〇円) 金一万九〇〇〇円

(6) 通院交通費 金二六万三三七〇円

原告は、事故日たる昭和五一年九月二一日以降同年一〇月四日まで(一四日間)須磨赤十字病院に、同年同月四日以降同年同月二八日まで(二五日間)神戸市立西市民病院にそれぞれ入院し、同年九月二八日以降昭和五三年六月六日に至る間右西市民病院に通院(実日数三一〇日間)して治療を受けたが、右入院期間中は夫忠夫、娘和恵が交代で原告の付添看護にあたつた。

原告は、本件事故による傷病治療のため、昭和五三年五月末までに前記病院のほか伊藤病院(灘区大石北町)、西洋館治療院(大阪市福島区内)、桜が丘鍼灸治療院(伊丹市桜が丘)、福岡鍼灸治療院(須磨区川上町)、古井医院(長田区久保町)、原医院(倉敷市笹沖)に通院してリハビリ・鍼灸等の治療を受けた。またコルセツト、眼鏡の購入、温浴治療(兵庫区湊山温泉)、漢方薬等の服用を余儀なくされた。

右に要した費用は前記のとおりである。

(二) 休業補償 金二五六万一八一六円

原告(昭和八年三月二五日生)は、家庭の主婦であるところ、該傷病の症状固定日とされた昭和五三年六月六日まで二〇・五か月間全く家事に従事することができなかつたので、次の算式による休業補償を請求する。

〈1〉

(1,499,600÷12)×20.5=2,561,816(円)

註〈1〉賃金センサス昭和52年第1巻第1表産業計企規模計学歴計の女子労働者の「40~44歳」の給与額により求めた年収

(三) 労働能力喪失による逸失利益 金九四三万八四八一円

原告には、少なくとも後遺障害等級第六級に該当する後遺症が残存(その期間を一五年間と推定)すると考えられるので、原告の逸失利益は次の算式による算定が相当である。

〈イ〉 〈ロ〉 〈ハ〉

最初の5年間 1,499,600×0.67×4.36=4,380,631

次5年間 1,499,600×0.56×3.58=3,006,398

更に次の5年間 1,499,600×0.45×3.04=2,051,452

計9,438,481

(〈イ〉年収 前項註〈1〉と同じ 〈ロ〉喪失率 〈ハ〉新ホフマン係数)

(四) 慰藉料

(1) 入通院による慰藉料 金一二〇万円

(2) 後遺症残存による慰藉料 金六〇〇万円

原告は、現在に至るも首筋・両肩が四六時中痛み、手足も自由に動かせない。また視力が左〇・〇九、右〇・〇八に激減し、その上光線が眼に入ると頭頂部に痛みを覚えるし、始終吐き気・めまいに悩まされ、食欲なく夜熟睡したことがない。右のような症状のためほとんど毎日昼間も部屋を暗くして一日中床についている状況である。

(五) 弁護士費用 金一〇〇万円

右(一)ないし(五)の総計 金二〇八一万二七〇〇円

(六) 損益相殺 金八〇万円

被告会社の原告に対する既払額 計金八〇万円

前記損害額総計より右(六)記載額を控除すると計金二〇〇一万二七〇〇円となる。

5  よつて、原告は、被告らに対し、損害賠償金二〇〇一万二七〇〇円及び弁護士費用を除く内金一九〇一万二七〇〇円に対する訴状送達の日の翌日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による金員の連帯支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事故の状況は概略認める。

2  同2の事実は知らない。

3  同3のうち、被告会社が加害車両の保有者であることは認めるが、その余は否認する。

4  同4の事実は知らない。

三  抗弁

被告は、本件損害の賠償として金一〇〇万円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

抗弁のうち原告が金八〇万円の弁済を受けたことは認めるが、その余は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因1の事故の状況につき、被告はその概略を認めると陳述するので、右事実を明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。

二  被告らの責任

1  被告会社

被告会社が本件加害車両の保有者であることは当事者間に争いがなく、免責の抗弁は提出されていないので、被告会社は原告の本件傷害による損害につき賠償責任を免れない。

2  被告鈴木

前記一の事実及び弁論の全趣旨をあわせ考えると、本件追突事故につき、被告鈴木には前方不注視(又は車間距離不保持)の過失があるというべきであるから、被告鈴木は、民法七〇九条により、原告の蒙つた損害を賠償すべき責任を負う。

三  原告の傷害について

1  いずれも成立に争いのない甲第二ないし第六号証(甲第六号証中、後記採用しない部分を除く。)、証人諫山義正の証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)及びこれによつていずれも真正に成立したものと認められる甲第九号証、同第一〇号証の一、二、同第一一号証、同第一二号証の一ないし三、同第一三号証の一ないし六、同第一四号証の一、二、同第一五号証の一ないし六、同第一六号証の一、二、同第一七号証、鑑定の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事項が認められる。

(一)  原告は、本件事故により、外傷性頸部神経症、腰痛症の傷害を受け、請求原因4(一)掲記のとおり、入・通院して治療を受け、漢方薬等を服用し、また、眼鏡やコルセツトを使用した。

(二)  その結果、昭和五三年六月六日、症状固定と診断され、次のような後遺障害が存するものとされた。すなわち、他覚的症状として、頸椎運動の軽度の制限及びこれに伴なう著明な痛み、右肩の外転等の制限及び疼痛、握力の低下、両前斜骨筋等に著明な圧痛等が存するほか、自覚症状として頭、両肩、腰等の痛みを初めとする多様な神経症状を訴え、結論的にはバレーリユー症状及び頑固な神経性疼痛が残存し、日常生活は明らかに阻害されているとされた。

(三)  右のほか、原告には、両眼に相当程度の羞明、眼痛及び視力低下(その程度は必ずしも一定しているものではない如くであるが、昭和五三年七月ころにおいて左〇・〇九、右〇・〇八)が見られるところ、角膜には過敏症状はなく、むしろその鈍麻が見られ、その他眼局所には障害はないが、より上位の脳実質に脳循環不全等の機能的又は器質的異常が見られ、右は本件事故に由来するものと認められるが、前記眼部の症状は右上位の障害に由来するとされている。

以上の事実が認められる。前掲甲第六号証の仲上徳子作成の診断書中には、原告に両眼角膜知覚過敏症が認められる旨の記載があるが、前記鑑定結果及び証人諫山の証言に照らすと、右部分は採用し難い。他に前記認定を左右すべき証拠はない。

2  ところで、右の眼部に現れた症状は、眼局所の疾患によるものではなく、頸部等に現れた神経症状と同一の原因に由来するものと理解されるのであるが、単なる痛み等の神経症状にとどまるものでなく、現実に視力の障害の結果をきたしており、早急に右障害がとり除かれるとも認められないのであるから、後遺症としてこれに基づく労働能力の喪失及び精神的打撃を認定するにあたつては、右の現れた症状をも考慮するのが正当である。もつとも、その性質上眼局所の障害に由来するものと異なるから、一時的に〇・〇一以下になつたとしても、常に右の状態で固定するものではなく、変動があるものと認められ、むしろ長期のものとしては、両眼の視力〇・六以下程度のものと評価するのが妥当と思料される。

これらの点を総合してみるとき、原告の後遺症は、自賠責等級の六級とするのは重すぎるが、一二級よりは重いというべきであつて、九級程度のものとみるのが相当である(眼部の視力低下等も頸部等の神経症状と同一の原因に由来すると解されるので、重い眼部の症状の等級によるを相当とし、合併による引上げはしないのが相当と解する。)。

四  損害

1  治療関係費 金三八万八三五〇円

(一)  治療費 金七万五五三〇円

前掲甲第一二号証の一ないし三、同第一三号証の一ないし六、同第一五号証の一ないし六、同第一六号証の一、二、同第一七号証及び原告本人尋問の結果(第二回)によると、原告は、鍼灸院等に通つて施療を受け、その代金として合計金七万五五三〇円を要したこと、そのほとんどは医師の許可ないし承認を得て受けた施療であることが認められ、原告の症状にかんがみると、本件事故と相当因果関係ありとするのが妥当である。

なお、前掲甲第九号証中には、伊藤整形外科医院の昭和五一年九月二七日における治療費の領収記載があるが、右は原告が須磨赤十字病院に入院中のものであるので、右の診療を受けたことは認められるとしても、その相当因果関係には疑問があり、これによる損害は認め難い。

(二)  薬代 金一万九六四〇円

前掲甲第一四号証の一、二及び原告本人尋問の結果(第二回)によると、原告は医師から投薬を受けて服用していたが、口のまわりにできものができたので、医師の許可を得て漢方薬を購入して服用し、その代金は一万九六四〇円であることが認められ、右は本件受傷の治療としてやむを得ない出費であると認められる。

(三)  コルセツト・眼鏡代 金四万二五〇〇円

前掲甲第一〇号証の一、二、同第一一号証及び原告本人尋問の結果(第二回)によると、原告が腰椎用装具のコルセツト(代金一万三五〇〇円)及び眼鏡二点(視力補強のためのもの及び色眼鏡。合計金二万九〇〇〇円)を購入して使用していること、右はいずれも医師の指示によるものであることが認められ、本件事故による前記傷害のため必要性があるものというべきである。

(四)  付添看護費 金九万五〇〇〇円

原告本人尋問の結果(第一回)によると、原告は入院中(三八日)夫及び二女の付添看護を受けたことが認められるところ、医師の要付添の証明はないが、不要との診断もなく、また原告の傷害は頸部神経症及び腰痛ではあるが、とくに軽微ともいえないので、付添の必要性を肯認することができる。その額は一日金二五〇〇円とするのが相当であるから、合計金九万五〇〇〇円となる。

(五)  入院雑費 金一万九〇〇〇円

一日金五〇〇円、合計金一万九〇〇〇円を相当と認める。

(六)  通院交通費 金一三万六六八〇円

原告本人尋問の結果(第一回)及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第七号証によれば、原告がリハビリテーシヨンその他のため通院に要した交通費として合計金一三万六六八〇円を要したことが認められ、右は本件事故と相当因果関係のあるものと認める。

2  休業補償 金一七九万三二七一円

原告本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和八年三月生れの主婦であるが、本件事故後症状固定の昭和五三年六月六日までの二〇・五か月間、家事に従事することが大幅に制限されたことが認められるが、その程度は、原告の受傷の内容・程度、家事労働の性質にかんがみると、七割程度制限されたものとするのが相当である。

原告の収入としては、原告の主張する昭和五二年(事故時と症状固定時の中間の時点)の賃金センサスによるのが相当であるから、

1,499,600×1/12×20.5×0.7=1,793,271(円未満切捨)

の算式により、金一七九万三二七一円と算出される。

3  逸失利益 金二六九万四四二一円

原告の後遺症は前述のとおり九級程度とみるを相当とし、またその継続期間は、神経症状及びこれと同一の原因に由来するものであることから六年とするのが相当であるから、次のとおり算出される。

1,499,600×0.35×5.1336≒2,694,421(円未満切捨)

4  慰藉料 金四〇〇万円

原告の傷害の内容程度、入・通院の期間、後遺障害の内容・程度その他の事情を総合すると、原告の精神的苦痛に対する慰藉料は、四〇〇万円とするのが相当である。

5  以上の小計は、金八八七万六〇四二円である。

6  弁済

被告は、原告の請求にかかる損害に対し、賠償として金一〇〇万円を支払つたと主張するところ、そのうち金八〇万円の支払いについては当事者間に争いがないが、その余については、これを認めるに足る証拠がない。そこで、右八〇万円を前記損害の小計額から控除すると、金八〇七万六〇四二円となる。

7  弁護士費用 金八〇万円

本訴の難易・認容額その他の事情を考慮すると、弁護士費用は金八〇万円をもつて相当と認める。

8  以上の合計は金八八七万六〇四二円である。

五  結論

以上のとおりであるから、被告らは、原告に対し、連帯(不真正)して、本件損害賠償金八八七万六〇四二円及びこのうち弁護士費用を除く金八〇七万六〇四二円に対する本件不法行為の後であつて原告の請求にかかる訴状送達の日の翌日(記録によれば、被告会社については昭和五五年二月八日、被告鈴木については同年三月一五日)から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきものである。

よつて、本訴請求は右の限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩井俊)

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